民法(相続関係)改正法(民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律)、遺言書保管法(法務局における遺言書の保管等に関する法律)が成立しました。今回の相続法の改正は、高齢化の進展等の社会情勢の変化に対応し、相続をめぐる紛争を防止するという観点から、約40年ぶりに相続に関する規律の見直しが行われ、多岐にわたる改正項目が盛り込まれました。それぞれの規定の内容は、以下のとおりです。
施行済み(2019年8月15日現在)
□自筆証書遺言の方式を緩和した(自筆証書遺言)第968条
□遺産分割に関する見直し
婚姻期間20年以上の夫婦の居住用不動産の贈与等について、持戻し免除の意思表示があったものと推定する(特別受益者の相続分)民903条第4項
遺産分割前の預貯金の払戻を認める方策を創設した
(遺産分割の効力)第909条の2
(民法第909条の2に規定する法務省令で定める額を定める省令)
家庭裁判所は、遺産の分割の審判等の申立てがあった場合に、申立てにより預貯金債権を仮に取得させることができる
(家事事件手続法「遺産の分割の審判事件を本案とする保全処分」)第200条
遺産分割前に財産が処分された場合でも、全員の同意により遺産分割の対象に含めることができる(遺産の分割前に遺産に属する財産が処分された場合の遺産の範囲)第九百六条の二
□遺言制度に関する見直し 第1007条、1012条-1016条
遺言執行者の権限を明確にした
□遺留分制度に関する見直し 第1042条-1049条
遺留分減殺請求の行使によって侵害額に相当する金銭債権が生じることにした
受遺者等は裁判所に対して、期限の許与の求めることができる
□相続の効力等の見直し(共同相続における権利の承継の対抗要件)第899条の2
法定相続分を超える部分の承継には、登記等の対抗要件を備えなければ第三者に対抗することができない
□相続人以外の者の貢献を考慮するための方策(特別の寄与)第1050条
相続人以外の親族が、無償で療養看護等を行った場合、相続人に対して金銭請求をすることができるようにした
2020年4月 1日施行 配偶者の居住権を保護するための方策
□配偶者短期居住権 第1037条-1041条
遺産分割により建物の帰属が確定するまでの間、又は相続開始から6か月を経過する日の、いずれか遅い日までの間、無償で建物を使用することができる
□配偶者居住権 第1028条-1036条
配偶者が相続開始時に居住していた被相続人の所有建物を、遺産分割の選択肢の一つとして、配偶者に居住権を取得することができることとしたほか、被相続人が遺贈等によって配偶者居住権を取得させることができることにした
2020年7月10日施行 遺言書保管法
□法務局において自筆証書遺言を保管する制度を新たに設けた
改正法は原則として、施行日後に開始した相続について適用され,施行日前に開始した相続については,旧法が適用され(旧法主義)ますが、以下の規律については,原則と異なる経過措置が置かれている。
権利の承継の対抗要件
受益相続人による通知を認める特例は、施行日前に開始した相続について適用する
夫婦間における居住用不動産の贈与等
施行日後に行われた贈与等について適用する
(施行日前にした贈与等については適用しない)
遺産の分割前における預貯金債権の行使
施行日前の相続にも適用する
自筆証書遺言の方式緩和
施行日前に作成された遺言には適用されない
配偶者の居住の権利に関する規律など
施行日前にされた配偶者居住権の遺贈は無効とする
自筆証書に、パソコンで作成した目録を添付したり、
預貯金通帳のコピーや不動産の登記事項証明書を目録として添付したりして
遺言が作成できるようになりました。
(同条第1項)遺言書本文は、、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
(同条第2項)別紙目録は自書でなくても良く、相続財産の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書することを要しない。遺言者は、その目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない。
(同条第3項)自筆証書(前項の目録を含む。)中の加除その他の変更は、遺言者が、その場所を指示し、これを変更した旨を付記して特にこれに署名し、かつ、その変更の場所に印を押さなければ、その効力を生じない。
配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に無償で居住していた場合には、配偶者短期居住権を有する。
配偶者とは、法律上被相続人と婚姻していた配偶者をいい、内縁の配偶者は含まれない。
被相続人の財産に属した建物とは、所有権又は共有持ち分を有していたことを意味します。共有していた場合には、配偶者居住権を成立させることはできない(1028条第1項ただし書)との違いがあります。
配偶者短期居住権が成立するためには、配偶者が居住建物を無償で使用していたことが必要です。居住建物の一部に居住し、他の部分で店舗を営んでいたが、いずれの部分も無償で使用していた場合には、居住部分及び店舗部分の配偶者短期居住権が成立します。
建物に居住していたとは、建物の一部に居住していれば足り、この場合に配偶者短期居住権が成立するのは、配偶者が無償で居住していた居住部分に限られます。
相続放棄をした場合でも配偶者居住権は成立しますが、配偶者が欠格事由に該当し又は排除により相続人でなくなった場合には、配偶者居住権は成立しません。
配偶者居住権の存続期間(第1037条)
配偶者を含む共同相続人間で遺産の分割をすべき場合(配偶者が共有後分を有している場合)には、遺産の分割により居住建物の帰属が確定した日又は相続開始の時から6箇月を経過する日のいずれか遅い日
その他の場合(配偶者が共有後分を有していない場合)には、居住建物取得者は、いつでも配偶者短期居住権の消滅の申入れをすることができ(1037条第3項)、申入れの日から6箇月を経過する日
配偶者が共有持ち分を有していない場合とは、居住建物が第三者に遺贈、第三者に死因贈与、配偶者が相続放棄した場合等があります。
配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合において、その居住建物の全部について無償で使用及び収益をする権利を取得する。
配偶者とは、法律上被相続人と婚姻していた配偶者をいい、内縁の配偶者は含まれない。
居住建物は、被相続人の財産に属した建物でなければならず、賃借建物には、配偶者居住権は成立しない。被相続人が配偶者以外の者と共有していた場合には、配偶者居住権を成立させることはできない(1028条第1項ただし書)。
第903条第4項の要件
婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、
居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。第903条第4項の効果は、持戻し免除の意思表示の推定する
特別受益を確認し、持戻し免除の意思表示を行う遺言書
生活のための現金の生前贈与:生計の贈与としての特別受益にあたる
「遺言者は、Aの生活のために贈与した金〇円の持戻しを免除する。」
住宅建設のための土地の生前贈与:生計の贈与としての特別受益にあたる
「遺言者は、Aに対して行った土地の贈与について、特別受益としての持戻しを免除し、同贈与の価額を相続財産に加算せず、Aの相続分から控除しないものとする」
第903条第1項 その贈与の価額を加えたものを相続財産とみなす
第903条第3項 持戻し免除の意思表示
払戻ができる金額(第909条の2、平成30年法務省令第29号)
相続開始の時の債権額の三分の一に、共同相続人の法定相続分を乗じた額
金融機関ごとに判断され、その上限額は150万円とする
払戻がされた場合には、遺産分割において事後的に清算する
金融機関に提示する資料(全銀協)
被相続人(亡くなられた方)の除籍謄本、戸籍謄本または全部事項証明書
(出生から死亡までの連続したもの)
相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書
預金の払戻しを希望される方の印鑑証明
遺言を円滑に執行し、紛争をできる限り防止するために、遺言執行者の権限等について、新たな規律を設けました。
遺言執行者は、その任務を開始したときは、遅滞なく、遺言の内容を相続人に通知しなければならない。(1007条第2項)
遺言執行者は、遅滞なく、相続財産の目録を作成して、相続人に交付しなければならない。(1011条第1項)
遺言執行者は、遺言の内容を実現するため、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。(1012条第1項)
遺産の分割の方法の指定として遺産に属する特定の財産を共同相続人の一人又は数人に承継させる旨の遺言(以下「特定財産承継遺言」という。)があったときは、遺言執行者は、当該共同相続人が第八百九十九条の二第一項に規定する対抗要件を備えるために必要な行為をすることができる。(1014条第2項)
前項の財産が預貯金債権である場合には、遺言執行者は、同項に規定する行為のほか、その預金又は貯金の払戻しの請求及びその預金又は貯金に係る契約の解約の申入れをすることができる。(1014条第3項)
手軽で自由度が高い自筆証書遺言の利点を損なうことなく、遺言書保管官が行う遺言書の外形的な確認等により、遺言書の真正等をめぐる紛争や遺言書の存在に気付かないリスク等を軽減することとしています。
保管の申請の対象となるのは,民法第968条の自筆証書によってした自筆証書遺言に係る遺言書のみです(第1条)。また,遺言書は,封のされていない法務省令で定める様式(別途定める予定です。)に従って作成されたものでなければなりません(第4条第2項)。
遺言書の保管の申請は,遺言者の住所地若しくは本籍地又は遺言者が所有する不動産の所在地を管轄する遺言書保管所の遺言書保管官に対してすることができます(第4条第3項)。
遺言書の保管の申請は,遺言者が遺言書保管所に自ら出頭して行わなければなりません。(第4条第6項)。
遺言者は,保管されている遺言書について,その閲覧を請求することができ,また,遺言書の保管の申請を撤回することができます(第6条,第8条)。遺言者の生存中は、遺言者以外の方は,遺言書の閲覧等を行うことはできません。
自己(請求者)が相続人,受遺者等となっている遺言書(関係遺言書)が遺言書保管所に保管されているかどうかを証明した書面(遺言書保管事実証明書)の交付を請求することができます(第10条)。
遺言者の相続人、受遺者等は、遺言者の死亡後、遺言書の画像情報等を用いた証明書(遺言書情報証明書)の交付請求及び遺言書原本の閲覧請求をすることができます(第9条)。遺言書保管官は、遺言書情報証明書を交付し又は相続人等に遺言書の閲覧をさせたときは,速やかに,当該遺言書を保管している旨を遺言者の相続人,受遺者及び遺言執行者に通知します(第9条第5項)。
遺言書保管所に保管されている遺言書については, 遺言書の検認(民法第1004条第1項)の規定は,適用されません(第11条)。
遺言書の保管の申請、遺言書の閲覧請求、遺言書情報証明書又は遺言書保管事実証明書の交付の請求をするには、手数料を納める必要があります(第12条)。
旧法においては、遺留分に関する権利を行使すると、物権的効果が生じるとされていました「遺留分減殺請求」。今回の改正では、遺留分権利者の権利行使によって生ずる権利を金銭債権としています「遺留分侵害額請求」(第1046条第1項)。これにより、遺留分権利者が権利行使した場合でも、遺贈や贈与の効力は否定されず、遺言者の意思を尊重することにつながります。
遺留分権利者から金銭請求を受けた受遺者又は受贈者が直ちには金銭を準備できない場合があります。例えば、遺贈の対象財産が不動産や換価困難な動産であり、また遺留分権利者がその権利を行使するか否かは、その意思に委ねられています。従って、これに直ちに応じなければ常に履行遅滞に陥るとすると、受遺者又は受贈者に酷な場合があり得ます。そこで新法では、裁判所は、受遺者又は受贈者の請求により、金銭債務の全部または一部の支払いにつき相当の期限を許与することができるとしました(第1047条第5項)。
遺留分を算定するための財産の価額に算定する贈与について、旧法第1030条では、相続開始前の1年間にした相続人以外の第3者対してした贈与(判例)に限り、その価額を相続財産に算入するとしていました。相続人にした生前贈与については、その時期を問わず原則として全てを相続財産に算入するとされていました。新法においては、相続人に対する生前贈与の範囲に関する規律を新たに設け、相続開始前の10年間にされたものに限り、遺留分を算定するための財産の価額に含めることにしました(第1044条第3項)。
出典は法務省HPにあります。「民法(相続関係)等の改正に関する中間試案」(A4で16頁の資料です。平成28年6月21日)是非確認してください。第1 配偶者の居住権を保護するための方策、第2 遺産分割に関する見直し、第3 遺言制度に関する見直し、第4 遺留分制度に関する見直し、第5 相続人以外の者の貢献を考慮するための方策 。以下に試案の概要を説明します。
第1 配偶者の居住権を保護するための方策
1 配偶者の居住権を短期的に保護するための方策
配偶者は、相続開始の時に被相続人所有の建物に居住して場合、遺産分割等により建物の帰属が確定するまでの間、無償で使用できるものとします。また配偶者以外の者が遺言等により建物の所有権を取得したときは、一定期間(例えば6か月間)は、無償でその建物を使用することができるものとします。
2 配偶者の居住権を長期的に保護するための方策
長期居住権とは、配偶者が相続開始時に居住していた被相続人所有の建物を対象として、配偶者にその使用を認めることを内容とする法定の権利とされています。
配偶者に長期居住権を取得させる旨の遺言、遺産分割協議、審判等の制度を新設して、所有権とは別の権利として登記もできるようにします。
第2 遺産分割に関する見直し
1 配偶者の相続分の見直し(法制審議会民法(相続関係)部会第18回会議 資料18)
パブリックコメントにおいては,配偶者の相続分の見直しに反対する意見が多数を占めている上,配偶者の相続分を現行法以上に引き上げる必要がなく,見直しを検討する立法事実に欠ける,相続に関する紛争が複雑化,長期化するおそれがあり,かえって当事者の利益を害するおそれがあるなど,中間試案の考え方の基本的な部分や制度設計について根本的な疑問を呈する意見が多数寄せられたところであり,中間試案の方向性自体についても国民的なコンセンサスが得られているとは言い難い状況にあるといえる。
2 可分債権の遺産分割における取扱い
預貯金債権等の扱いについては、判例の考え方では相続人間の実質的公平を図ることができないとの指摘がされており、検討を行っています。預貯金債権等の可分債権を遺産分割の対象に含めるというものです。
3 一部分割の要件及び残余の遺産分割における規律の明確化等
第3 遺言制度に関する見直し
1 自筆証書遺言の方式の緩和
2 遺言事項及び遺言の効力等に関する見直し
3 自筆証書遺言の保管制度の創設
4 遺言執行者の権限の明確化等
第4 遺留分制度に関する見直し
遺留分減殺請求権の法的性質、遺留分の算定方法等の見直しの案が提案されています。
第5 相続人以外の者の貢献を考慮するための方策
相続人以外の者とは例えば長男の嫁等が、義母の介護をしていた場合において、特別の寄与を認めようとするための検討案です。請求権者、貢献の対象となる行為を限定する案が提案されていますが、被相続人の財産の維持または増加について特別の寄与をしたときとの現行の要件は維持するものとなっています。
「よくある質問」で解説しています。参考にして下さい。
【Q】誰が相続人になるのか教えて下さい。
【Q】法定相続分について教えてください。
【Q】遺留分について教えて下さい。
【Q】相続手続は、いつまでにすれば良いのでしょうか?
【Q】連れ子の相続権について、教えてください。
【Q】兄弟姉妹の相続について、教えてください。(遺留分/再代襲)
【Q】生命保険金の受取り人になっていました。相続財産とし扱われるのでしょうか?
【Q】相続人の一人に生前贈与(または遺贈)がされています。その場合の法定相続分につい
て教えてください。
【Q】特別受益、寄与分、特別寄与分の条文を紹介します。